ポルノグラフィティ『20thライブサーキット”水” 広島公演』ライブ感想

ポルノグラフィティ
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まえがき

運よく行ってきたので感想でも書きます。

ポルノ、おかえり。
(ちな翌日にはポルノのポの字も載っていなかった模様)

 

開演前

会場は「広島HBGホール」。
何度もポルノライブが開催されてきたホールだ。

仕事の都合で到着したのは開演10分前。

席に着き、爆速で買った”水゚ルノT”を取り出すや否や「さぁ、まもなく開演です」のアナウンスが流れてきた。

物販のレシート待ち時間ってなんであんなに長く感じんだろうね。

私の座席は1階12列。ばちくそ近い。
肉眼でご尊顔が拝める良席でした。

ステージに目を向けると、大きく目に飛び込むのは樹。オレゴンの渦っぽさあるひどく歪曲した大樹がそびえ立っている。その脇にはステンドグラス風の照明、耳を澄ますと水の滴る音。

神秘的、大自然、静謐……

どこぞの森奥でも再現したような幻想的なステージに、日本海のように波立った胸中は、しまなみの景色のように落ち着きを取り戻しだしていた。

MCでもあったように本公演は、発売済みの「EP”種”」を、「ライブサーキット”水”」で育て、実った「アルバム”果実”」を収穫する、といった大掛かりなコンセプトツアー。

ファンを巻き込んで「曲」を作っていく。

そういった試みはファンを信用してくれているようですごく誇らしいし、事あるごとに「君たちがわしらを”ポルノグラフィティ”にしてくれるんじゃ」みたいなことを言ってくれる2人のお言葉にも通ずるものがある。

「生産者の顔が見える」

それは誰にとっても”安心安全”だね。

 

数分と待たずに客電が消える。

拍手の音はリズミカルに響き、下手からいくつかの影が入ってくる。

その後を追って一つ、また一つと投じられる。

ステージ中央に立ったところで今日一番の歓声……いや、水音が会場を埋め尽くす。

全35本に渡るライブサーキット”水”。
その折返しである広島公演。

そして、ここ”広島の雄”の凱旋に。

あふれるくらい”水”をあげましょう。

 

第1ブロック

打って変わって静まり返った会場に浮かんだのは

冷たい水をください

このフレーズ(たぶん)。

そこから『M1.アゲハ蝶』が零れてきた。

感覚としては「初めてTHE FIRST TAKEのサウダージの『わ』を聴いた時」が近いかな。

出だしの「ヒィ…」からもう岡野昭仁。フルスロットルで岡野昭仁。穴という穴から岡野昭仁という天災。

岡野昭仁の歌声に千の文字など冗長。
たった一文字あればいい。

それが岡野昭仁というボーカルの凄み。

言葉の縁をなぞるようなスローテンポも大いに寄与していただろう。丁寧に紡がれる言葉からは慈愛ともエロスとも呼べそうなアンニュイが漂ってくる。ただでさえ凶器でしかないアゲハ蝶が裏から表から愛撫してくる。

開幕早々、アゲハ蝶という名のアイアンメイデンが飛び出してきた訳です。うーん、これは人災かも。

阿鼻叫喚(体感)の『アゲハ蝶』が終わり、『M2.サボテン』『M3.月飼い』M4.IN THE DARK』が続いた。

アゲハ蝶と同じくサボテン、月飼いはワンフレーズがモニターに浮かぶ演出があったと思う。サボテンは忘れた。月飼いは「水面に浮かぶ」だったかな。

サボテンはコンセプト的に予想できたけど、その後の2曲はかなり予想外だったね。曲を聴きながら「水っぽい歌詞」があることに気づいて勝手に納得していた。

『IN THE DARK』は嬉しかったね。一時期めざましのアラームに設定してたくらい好きな曲だったから。ぜったい朝の曲ではないんだけども。

たしか『月飼い』の後にライブのタイトルがデカデカと映ってたと思うけど、わりと長めとなった第一ブロックは「ないものはない」という残酷な現実を突きつけるブロックだったんじゃないかと思う。

夏の夜。
サボテン。
残された月。

誰かの「忘れ形見」。

そこには進むことも戻ることも許さない引力が宿っている。

月を空に返したとて、また月は東から昇るように。それは逃げ出せないループ、「生温い胃の中」という見ないフリしてくれる袋小路である。

だれしも一つ二つはそういう呪物を持っていて、それは僕だろうと、ポルノグラフィティだろうと変わらない。

だからこそ、

沸きたつ泉のような場所
僕にあったなら
綺麗な水で君のこと潤せるのにね

『M5.一雫』に繋がったんだろうなと思う。

会場を見渡さなくても分かるけど、ポルノライブの客層は本当に幅広い。

僕の前方には白髪の美しいマダムもいれば同世代の野郎2人組もいて、初々しすぎるカップルもいる。僕の隣では変声期前の少年も楽しそうにしていると来た(隣の少年が実は”めっちゃ元気なマダム”だと判明するのはもうちょっと先の話)。

どれだけ綺麗な水も、いつかは腐る。

老若にゃん女入り乱れるポルノのライブは、様々な時代からこの人達が愛されてきたことを物語っている。この人らにはいつだって「泉のような場所」があったってことなんだろう。

この第一ブロックを総括したフレーズだったと思うし、”水”というライブを象徴するフレーズでもあったように思う。

お二人には、いつまでもピチピチでいてもらわないと困る。

空の井戸から水を汲ませたり、乾いたぞうきんを絞り出させる。そんなひもじいことはさせたくないね、ぼかぁ。

あと「ギターは夢を描くペンで」のとこで、晴一さんとtasukuさんが正対してたとこがエモかったな。たまたまだと思うけど。

 

第2ブロック

晴一「この広島公演がちょうどツアーの折返し。いちばん脂の乗っている時に帰ってこられて嬉しいです!」

そんな話をしながら最終的に「勝とうが負けようがカープはおってくれるだけでいい」みたいな話に落ち着いた地元MC(だったけ?)のあと、披露されたのは『M6.マスク・ド・カメロ』

タイトルコールの瞬間、俺のテンションは華麗に宙を舞っていた。

MCによれば仮歌は昭仁さん作らしいけど、アレンジャーさんに預けて帰ってきたらなんかラテンになってたらしい。仕事できすぎて心配になるわ。

今回のライブはタイポ演出が目につくライブ(よくよく考えたら新曲だけ?)だったと思うけど、先駆けはこの曲だったかな?

ガビガビしたフォントとゴテゴテしたスカルがたまらなく世界観に合っていた。

昭仁さんの口から発射される「ポポカテペトル」とか「エルポポ」がキモチ良すぎる。昭仁さんにかかれば「タンポポ」もライオンになっちまうぜ。

大丈夫 すぐに来る
光りの中 宙を舞うルチャドールが

「置かれた場所で咲きなさい」から
「咲ける場所で咲きなさい」へと変わった現代。

主役に蹴飛ばされ情けなくすっこむカメロの背中は、僕の胸を熱くさせる。「置かれた場所で咲こうとするカッコよさ」があるからだ。

これはどちらが正解とかではなく、それぞれが持っている美醜感覚の話です。僕はカメロの方が「カッコいい」と思う。ただそれだけ。

この直後に『M7.アポロ』が来たのをずっと不思議に思っていたけど、これを書きながら気づいた。この曲だってカメロと一緒だ。

光を拝んで、地べたを這いずり回る。

ぶちダサくて、ぶち泥くさくて、ぶちカッコいい曲じゃんか。

“歯車には歯車なりの意地”ってやつがある。
“脇役なりのプライド”ってもんがあんだ。

だから

過去も現在(いま)も
居る場所は少しも間違いじゃない

この曲にウルウルさせられる羽目になったんすね。

 

第3ブロック

昭仁「みなさん、『種』はもう聴いてくれましたか?今からその内の3曲を続けて披露していきます」みたいなMCから、やっとこさ『種』収録楽曲が披露された。

余談なんですけど、公演中に何度か「ぶっかけてほしいんじゃ!」みたいなこと言うてたじゃないですか?すごく卑猥だったよね~。

間を置いてドラムソロが会場に響いた。

ドラムを叩いている、というより”和太鼓を叩いている”。なんとなしに和の香りが漂うドラムロール。『M9.峠の鬼』のご登場。

この曲も新曲らしくタイポ演出を伴っての披露だった。

ガラスを伝う雨粒のように、モニターを叩いてはぬるりと落ちていく文字。サビはしっかり歌詞を映し出していたけど、それ以外の部分は「峠」,「鬼」,「犬」,「復讐」といった漢字部分だけが抜き出されていた。これが良かったね。

改めて思ったんだけど、漢字のもっている仰々しさってすごい。迫力あんだよね。

それに漢字の羅列ってなんとなく”故事成語”っぽさも感じる。だから「これはノンフィクションです」みたいな生々しい厭世観が際立ってダウナー入っちゃう。

樹の使い方も印象的だったね。歪にくぼんだ枝が”洞穴”を表現していて思わず感心してしまった。

そして続けざまに『M10.土竜』
中央の洞穴は、地中の洞窟へと景色を変える。

「臥竜鳳雛」という言葉がある。

臥した竜、鳳凰の雛。
転じて「優れた才能があるのに、くすぶっている人物」を指す。

初めてこの曲を聴いた時にパッと浮かんだんですが、『はみだし御免』の余剰熱で生まれたのがこの曲。『はみ出し御免』の対になるのはこの曲なのでは?と思う。作詞は昭仁さんだから意図したものとは思わないんだけどね。

ただ『羽州ぼろ鳶組シリーズ』には「朱土竜」が頻出するし、3作目は「地に臥した竜」が主役の一角を担う。たまたまだとしたらスゴイねって話。

『種』リリース直後に話題をかっさらっていった「もう騙されんけぇ」を聞き漏らすまいと、昭仁ラップの途中から後方腕組彼氏面でその時を待っていたんですが、

 

昭仁「もう!だまされんけ⤴!!」

 

選ばれたのは、元気いっぱいの「もう騙されんけぇ」でした。ごめん、ちょっと笑った。

べつに愚痴でも文句でもないんですけど、育成の方向まちがえてると思うわ。

人柄で飯食ってきた昭仁さんから出てくるゴミを見るような「もう騙されんけぇ」が好きなの!!都合よく扱われてポイッとされそうな「もう騙されんけぇ」がいいの!!タトゥーごっりごり入れてガムをペッと吐き捨てるような「もう騙されんけぇ」しか勝たんの!!!

まぁそれも含めて”水ツアー”なんだろうね。

最終的にどんな「もう騙されんけぇ」が収穫されるのか楽しみである。

幾ばくかの無念をかき消すように『M11.デッサン#4』

大粒しか揃っていない『種』の中でも、私が最もインパクトを感じた曲がやって来た。

 

ホンマに愚痴でも文句でもないんですけど、「デッサンシリーズに共感したこと」ってのが一度もなかったんです。

いい曲とか悪い曲とかではなくて、作りもんを聞いている気になるというか。「これは僕のもんじゃないな」って距離を置いてしまうというか。

そんな訳で「デッサンシリーズ」に苦手意識みたいなものがあったんですけど、蓋をあけてびっくりよ。あまりに沁みた。

親になったことなんてない、この僕に。

自分語りで申し訳ないんだけど、僕には人生で一度だけ「自分で立ち上がれない時期」ってのがあった。子曰く「立つ時期」を目前にして。

色んな人に助けてもらったけど、やっぱり一番支えてくれたのは”親”だったと思う。

太陽から逃げつづける堕落しきった僕に、小言のひとつも言わなかった。月15万の失業手当をぜんぶ道楽にあてるバカ息子に、黙って飯を作ってた。

当時はマジで人間終わってたから何も思わなかったけど、「ただ寄り添う」。

あれは本当に有難いことだったんだなと今は思う。

親との死別も、世界が壊れてしまう大悲恋もしたことがない僕に、「デッサンシリーズ」が刺さらないのも無理はない。重ねられるだけの経験に乏しいからだ。

だけどこの曲は違う。
『デッサン#4』だけは違う。

僕はよく知っている。
痛いほど知っている。

“受け取る側”としてね。

 

先ほどまでの尖り散らかしたサウンドはどこへやら。

円熟味を真綿で包んだ声と音色は、たまらなく琴線に触れた。御二人には悪いけども、モニターの歌詞越しに遠い目をしてたと思う。

風の噂に聞こえてた「結婚報告」も途絶えそうな今日この頃、そろそろ真面目に考えてもいいのかもしらんな。

ビリになっちまったけどさ。

 

第4ブロック

昭仁「いままでに撒いてきた”種”を披露しようと思うんじゃけど、こいつらはどいつも”クセの強い種”です。水をぶっかけてください。」

そんなMCから鳴り出したのは、なにやら厳かなイントロ。

2階席からは黄色い悲鳴が降り注ぎ、場内はざわめく。そして僕は思った。「それホンマに種か?」と。

『M12.暁』

あのMCからこの曲は出てこん。詐欺前フリやめてけれ。

今から3年ちょい前、広島で「暁ツアー」が行われたのもこのHBGホールだった。

大地にひざまづく昭仁さん、堰を切ったように流れ出すバンドサウンド。当時の再現かと思うほど安定したパフォーマンスに夢でもみてるような不思議な感覚があった。こんな曲よう歌えるで。

終盤の目が眩むライティングと晴一さんのけたたましいギタープレイも完全再現。この一瞬だけはマジで時間が止まる。カッケーが溢れすぎとる。

そこから『M13.渦』『M14.Zombies are standing out』とダークな世界観が展開。

冒頭からして「渇き」を感じさせるライブではあったけど、このブロックも顕著だったね。警察用語に「さんずい(=汚職)」ってのがあるけど、水にはダーティーなイメージが伴うものなのかもしれない。

『渦』のねっちょりした湿感は現地でこそ映える気がする。すごく久しぶり(神神以来?)だと思うけど、毎度「こんないい曲だったっけ?」ってなる。

『ゾンビ』は昨年の「解放区」と似たアレンジだったかな?2番のメリハリ効いたドラスティック進行に首と腕がもげる。

 

第5ブロック

昭仁さんが引っ込んで晴一さんのMCへ。『SETOUCHI BOYS』の制作秘話が語られてたはず。

話によると、ボーカルを差し置いてコーレスパートの音源を任されたのは、ポルノマネージャーで最も若い”山田くん”とのこと。

ってな訳でドラえもんとタメはれる水色の学ランを着用して、ご本人が下手から走ってきた。要所で「押忍っ」って鳴いててかわいかったな。

『M15.SETOUCHI BOYS ~feat.山田~』のスタート。

曲間では”山田くんのサポメン紹介→ソロ回し→スーパー晴一タイム”といったバトンリレーも披露されるなど、ポルノチームの絆を感じさせる一幕だった。

後半からは”サイレント押忍”のバトンタッチを経て、昭仁さんが投入。

分かっちゃいたんだが、やっぱこの人の、この声の熱量はハンパじゃない。あの瞬間はまさしく「火が付いた」のお手本。ぶち熱いコール&レスポンスで会場は鉄火場と化した。

山田くんはよく頑張ってたよ。後任が異常すぎるだけで。

地味に「レッツゴーレッツゴー」の後の、

せとうちッ⤵
ボーイズ!

これ好きすぎる。えぐり込むように打つタイプの「SETOUCHI BOYS」たまらん。

そこからシームレスに走りだしたのは『M16.ヴィヴァーチェ』。特大のコーレスから爆速のクラップに瞬時に切り替わった瞬間、あれ感動したね~

直近ライブでも披露されていただけに正直やると思ってなかった。これカウントダウンの時も言った気するな。

でも毎回すごくいい曲に聞こえてしまうんよね。

キミ自身で心躍る音を鳴らせ
自分だけに届けたら良い

ライブで聴く度に、ライブだからこそ、輝くフレーズだと思うから。

ちょっと前におそらくポルノファンではない方が投じた「公衆の面前でポルノTを着る不適切さ」みたいなポストがバズっていたと思う。

常日頃ジムでポルノT着てる私にとっては、とても耳の痛い話だった。まぁ見ないフリしたんだけど。

そりゃお世辞にも褒められた言葉じゃない。
誰かが不快になるやもしれぬ言葉だ。

だが、僕のテンションが上がるからいい。
僕のモチベーション意地のために必要だからそのままでいい。

音楽っつーのは、自分に不足してるもんを補うためにあるんです。

であれば、バカの一つ覚えみたくこの曲で震えさせられる私に足りていないものは「生き生きと」ということになる。

この後に続いた曲を鑑みても、この最終ブロックで伝わってきたのはただ一つ。

品行方正をロックバンドにしたような人達が言ってたのは、

 

『はみだせ』だ。

 

なにも好き好んでそうしたい訳じゃない。
そうしないで済むならそれが一番。

が、それが罷り通らないから苦労するのだ。
誰かの顔色より、自分のご機嫌の方が大事なの。

30年も生きてきて最近やっと知った。

 

ポルノグラフィティは最高なんです。

俺に「はみだす快感」を教えてくれるから。
俺に「生き生き」を謳歌させてくれるから。

この修羅場を演じる時代劇のような時代に、忍ばせておくのは刀じゃない。

たった一つの”言の刃”だ。

 

『M17.アゲハ蝶』『M18.THE REVO』としこたま(音程を)はみ出させていただいたところに、聞こえてきたのは次代の地鳴り。

有難いことに昭仁さんも「歌え!」と煽ってくれたね。まぁ煽られんでも歌うがな。

初めての邂逅から約半年。
俺は今日、この曲を聴くためにやって来た。

音源よりも長いコールを挟んで、昭仁さんの詠唱が開始。大魔術師の秘術でも拝む門弟のような気分だった。 

分かっちゃいぃぃるぅがぁぁ

譲ぅれない生き様があるぅぅ~

ヒュ~
ガサガサ

御免

満を持しての
『M19.はみだし御免』

何あれ?見た?ヤバない?
「刹那の見斬り」か思うたら『はみ出し御免』だったわ。

MVにしろ、本公演の演出にしろ、『はみ出し御免』は怖すぎる。我々の需要にダイレクトで訴求してくる怖さがあって。怖。

溜めに溜めに溜めた末の「御免」の破壊力たるや……いやぁたまげたね……。

もはや「御免」一本で食っていけるに違いないカッコよさ。モニターの「御免」も相まってこっちがマジ「ゴメン」。

誇張抜きに「いまが最高」を地で行くポルノグラフィティだけども、これだけ刺さったシングルはホント久しぶり。個人的には『2012Spark』に匹敵する特大ヒット中。この2曲やった「THE OVEЯ」って派手にヤバくね?

タイポ演出もすごくカッコよかった気がするし終始カッコよかった気がするんだけど、マジで冒頭以外なんも覚えてないな。

そうして本編ラストは『M20.愛が呼ぶほうへ』で締めくくられた。

きもち長い暗転だったなとか、なんか変だなとか。かすかな違和感を感じつつ、ステージもそこそこに傾聴していた。

気づいたのは2番入ってからだった。ステージの上部を埋めつくす枝垂れた花々に気づいたのは。

モチーフは桜かな?藤かな?

答えの出ない問いに興じかけたけど、すごく麗らかな瞬間だった。季節に気づく瞬間ってあんなカンジよね。いつもの風景から「んっ?」って浮かび上がってくるあのカンジ。

多分だけど、あれ気づいてない人もおると思うわ。それくらい地味で、でも華やかな演出だった。

完全に頭から抜け落ちていた選曲だったけど、本公演の「種明かし」だったんじゃないかな。

つまるところ「水」とは「愛」のニックネームなんだろう。

「ライブサーキット”水”」とは「ライブサーキット”愛”」ってことだ。

なんでそんな回りくどいことすんのかって?そんなの決まってらぁ。

「愛」なんてタイトルじゃ、どこかよそよそしいでしょ?

 

冒頭に書いたけど、本公演において「袋小路」ってのは一つのキーワードで、僕らの回りにあふれている”水”も雑に言えばそうだ。

雨、川、海、雲……

それはそれは多くのニックネームを与えられているけれど、本質的にはすべて「水」で、その総和は変わらない。

そんなことを考えると、冒頭にインサートされた『アゲハ蝶』にもしっかり意味があったんじゃないかな?

姿形は違えど、みな同じ。

それってまさしく「胡蝶の夢」で語られる「万物斉同」ってやつだ。

 

僕はこのライブって「蝶が見てた夢」なんじゃないかと思う。

鳳凰から土竜まで、プロレスラーからゾンビまで。様々なモノに化けたライブで、枝葉はそれぞれ違った。

だけどそのどれもが
「自分」だったんじゃないかな?

 

 

綺麗な水をあげよう

 

最初と同じような、けれど真反対の言葉がモニターに浮かんだ。

この人らにも「SETOUCHI BOYS」や、もっと穏健なバンド名。もしくはさらに眉をしかめたくなるもの。

そんなものを夢想した日があったのかもしれない。

けど、「ポルノグラフィティ」は「ポルノグラフィティ」だ。

たとえ姿形名前が変わろうとも、ぼくはきっと出逢っていたでしょう。

たとえ腐ってしまおうと、僕はあなたに水をあげていたでしょう。

 

ENCORE

数分間のポルノコールを経て、再びステージに帰ってきたキャスト達。「ウィスキーがお好きでしょう?」くらいのノリで「変な踊りする?」が飛び出す。『M21.ミュージック・アワー』でアンコールの開宴。

ラスサビの「ミュージシャン云々」はいつも以上になんか喋ってたけどなに言ってたか覚えてない。

最後のMCもなに喋ってたか全然覚えてないんですけど、「一向に『アホになって』って言わねーな」みたいな違和感を感じてたことだけは覚えてる。直後の晴一さんのお漏らしギターで察したときに、自分の成長ぶりを実感したね。

ラスト1曲は『M22.ライラ』

私がポルノライブに行き出したのが「バタエフ」なので、「ポルノのライブって『ライラ』で終わるんだ!」って思ってた時期がある。20代の俺はだいぶピュアだった。

歩き疲れたら帰っておいで
懐かしい歌など唄いましょう

リリースが2018年。
そこから約8年の時を経て「懐かしい歌」となった曲だけに、多少の感慨深さはあった。

ちっちゃい頃、家の戸口を身長計がわりにするじゃないですか?『ライラ』って僕にとっては”そういう曲”になるんだろうね。見ないうちに大きくなってまぁ……

爆速ライラの影におびえつつ、結局最後まで楽しく「ライララライライ」してましたとさ。

めでたしめでたし。

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