『トワラー』Team7th 歌詞考察

ミリオン
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まえがき

いつぞやの「MOR」できみコさんが

(アイル?プラリネ?どっちか忘れた)曲名の考察をPさんがしてくれるのが嬉しい。だから、曲名の意味は私からは明かしません。

そんなことを仰っていました。

歌詞考察ブログなんて自己満に浸ってる私は涙ちょちょぎれそうなほど救われたわけです。

という訳でお言葉に甘えて、今回はミリアニ11話でも披露された『トワラー』について好き勝手に語ります。作詞者直々にお許しが出てんだからいいよね?

『トワラー』
作詞:きみコ
作曲:佐々木淳

 

歌詞考察

タイトル

「トワラー」という言葉ををインターネッツで調べると、大抵「バトントワラー」の意味が出てくる。「先頭に立ちバトンを操りながら指揮する人」という意味だ。

バトンといえばTeam5thの『バトンタッチ』やミリアニで描かれているテーマ「つなげる」と密接に関わる単語。第三幕見終わってパンフ見てから調べたけど、思わず唸ったことを覚えてる。

……なんですが、そこから数ヶ月。

案外”この意味合い”も隠れてんじゃねーかな、と思いついたのが、この記事を書いたきっかけである。

「バトントワラー」という解釈を否定したいわけではないし、そもそも正解が一つとも限らない。一つの意見として目を通していただければ幸いです。

 

ぼんやり

「ジュリア×nano.RIPE」の鉄板コンビに、麗花さん・歩・可奈の奥行きある歌唱が乗っかる。「夕暮れ」なんて情景が目に浮かぶ郷愁を誘うバラード。それが『トワラー』という楽曲だ。

曲調からして”ぼんやり”した印象をうけるんだけど、それは歌詞を見てもそう。

新しい季節に
またココロが凛と跳ねる
覗き込む扉の向こうに広がる未来

揺らめく光のその先に
喜びの匂いがする
五感を今歌声に預けて行こう

『トワラー』

耳で聴くとわりかし現実味のある歌詞だと思ってたんだけど、文字として受け取ると若干ファンタジー要素入ってるのが解釈を難しくさせる。理解できそうで理解できん。そんな不思議な冒頭パートだ。

この”ぼんやり感”ってのが『トワラー』という楽曲で重要な要素だと思ってて、それが顕著なのはサビの度に繰り返される「カナ表記」じゃないかなーと思う。

ラルリラ 歌えばきっと
繋がるよ ココロはもっと
夢も希望も超えてただヒトツになる

『トワラー』

歌詞がえらい短い楽曲なんですが、サビの度にこれらのカナ表記が登場してくるわけ。

カナ表記ってのは良くも悪くも「浮いた」印象を与えがちな表記。

たとえば、漫画に出てくるマッドサイエンティストは「〜だヨ」とか語尾に使って”異端感”を表現してくるし、ブラジルから来たサンバガールは「~だヨっ!!」とハツラツとした”存在感”を際立たせてくれる。あ〜、ビタミン生まれるぅぅぅぅぅ

他にもホラー映画とかそうじゃない?
カタカナ文字を入れ込んで”不気味さ”を演出するじゃん?こいつらとかさぁ。

 

ここで歌詞を振り返ってみよう。
たとえばこの「ココロ」を含む歌詞。
他の表記に変えてみるとどうだろうか。

こころは繋がるよもっと
ココロは繋がるよもっと
心は繋がるよもっと

私の感性が間違ってなければ、受ける印象だいぶ違うと思うんですよね。

「心」って書かれるとちょっと熱血感でる。「私達は一心同体!!!!!」そんくらい言ってそうな力強さあるやん。「こころ」表記は緩い印象になる。柔らかいとかハートフルな感じあるやん。

ミリオンライブには「ココロ」を題材にしたアンドロイドの物語がありますが、本曲で使われるカナ表記の役割はそれに近しい。

「形を成してはいないが、たしかに存在する」

その不鮮明さもまた、
“ぼんやり”に通ずるんじゃないだろうか。

曲を聴いても歌詞を見ても至る所で描かれている”ぼんやり感”。本曲ではそれらを繋ぐ橋渡し役として

「ラルリラ 歌えばきっと」

歌の存在があるんだ、と言ってる訳です。

 

「歌」と「ぼんやり」。
この2つが”本曲の主人公”というのが私の解釈。

その前提を踏まえて、最初の話に戻ります。

私は『トワラー』という楽曲は

「トワイライト」の意味合いだと思うんだ。

 

Team”7th”

私には先行上映で11話を観た時から感じてたことがある。

『トワラー』前後の描写。
ロックフェスでのデビュー披露。
そして、Team”7th”という名称。

それらを紡ぎ合わせると、私が愛してやまない「ミリオン7thライブ」が頭をよぎってしまうんだ。

ミリアニ経由のご新規様のために、どんなライブだったか軽く説明しときましょう。

「MILLION LIVE! 7thLIVE Q@MP FLYER!!! Reburn」とは、アイマス初の単独野外ライブであり、ミリオンライブが初めて経験したコロナ禍での有観客ライブの名である。

7thライブ自体の感想を語り出すとキリがないのでしませんが、メチャクチャいいライブなんすよ。見たことない方はこんな記事見んでええから上に貼っとるダイジェスト見てくれ。

新旧入り混じったセットリスト。
時間と共に移ろう”空”の舞台装置。
そして、徐々に存在を主張し出す光の海。

定期的に見るくらいには私の中では刺さったライブなんだけど、多分それはライブ以外の要因も大いにあると思ってる。

最初に述べたように、このライブはコロナ禍での開催。当然声出しは禁止で、座席も1席空けての開催。外出やら県外渡航も自粛要請が出されていた頃合いだったと思う。

「外出する」なんて些末なことにも気を遣わなくちゃいけないご時世だったし、「ライブに行く」なんて言おうものなら非国民扱いされる。そんな殺伐とした時代だった。

そんな最中に開催されたこの7thライブ。
内容が素晴らしかったのは前述の通りだけど、あの光景に俺はメチャクチャ救われた。

コールのないライブにすこし寂しさを感じたりもしたけど、そんなことは瑣末なことだった。

「ミリオンライブを待ち望んでいる人がこんなにいたんだな」心底そう思った。

「ライブは明日への活力」なんて言うけど、あれはまさしくそうだった。

荒んだ心を潤す清涼剤。
灰色の日常にぶちまけた極彩色。
暗闇の中に灯った小さな炎だった。

ポルノグラフィティに『暁』という楽曲がある。

コロナ禍という暗闇にもいつか必ず夜明けが、”暁”が来る。そう魂に刻み付ける荒々しいロックナンバーだ。

同名のアルバム、同名のツアーも開催され、コロナ禍中のポルノグラフィティの思想が色濃く現れた楽曲であり、言葉である。

 

「トワイライト(twilight)」とは
「twi(2つ)+light(光)」。

昼と夜の2つが混じり合った「薄明かり」を指す言葉。そう定義付けされている以上、「twilight」と呼ばれる時間は一日に2度ある。

夜を迎える「黄昏」の時。
そして、朝を迎える「暁」の時だ。

 

「今をゼロとしてどちらがプラスになるのでしょう?」

7thライブ当時、この問いに答えられる者など一人としていなかった。

だって、いま自分たちがいる場所がコロナ禍という闇の入り口なのか、それとも出口なのか。そもそも出口なんてものがあるのか。それすら分かっていなかったんだから。

あの時、世界は間違いなく「twilight」の時代だったはずなんだ。

そんな中で開催された”7thライブ”は、闇を裂く一筋の陽光。夜明けに向かう活路の灯火。

そんな希望のライブだったんだ。

 

トワイライトを繋ぐもの

六弦に乗せられて、思い思いにカラダを揺らせる3人。いつしか集まるその他大勢。

私にはそれが、
「7thライブの構図の再現」にしか思えない。

そして、その場で歌われたのが「歌えばヒトツになれる」と”歌の普遍的な力”を説く『トワラー』という楽曲。

私にはそれが、コロナ禍という災禍に希望を見出してくれた「7thライブの役割」に重なってしまうし、コロナ禍を支えてきた「音楽の力」のように思えてしまう。

 

ミリアニ監督綿田氏は「観客」の存在を重要視してる節がある。それはパンフレットに明言もされてるし、これから放送される12話なんかその集大成のように思う。

コロナ禍は至る所で色濃く影を落としたけど、とりわけ、エンタメ産業なんてかなり被害を被ったんじゃないでしょうか。「そんなもん不要不急だろ!!」言うて悪者扱いさえされてた記憶がある。実際、全国各地でライブハウスが潰れていった、なんてニュースもありましたしね。

「ライブ」を主軸としたミリオンライブにとっては間違いなく大打撃だったはずで、もしかするとあそこで潰えてた可能性だってあったかもしれない。

だけど、そうはならなかった。

コールなんて出来なくとも懸命にP活動に勤しむ我々がいたからだし、「歌の無いライブ」で奮闘してきた演者さんたちの尽力もある。

どこに向かってるかも不明なコロナ禍で、「歌」でココロをつないだ7thライブ。

「声」は発せないけど、それ以外のありったけでステージに返してた我々。

それって「五感を今歌声に預けて行こう」って歌詞に他ならないんじゃない?、と俺は思う。コールの木霊さないライブだったけど、座席あいてるせいかいつもより荒ぶるペンライトに俺はそんなことを思ってたよ。

11話で『トワラー』をジュリアの弾き語り披露させてたのはそういう意味なんだと思う。ミリアニでの描き方に文句がある訳ではないけど、Team7th全員で歌うようにだって出来たはずで違和感だってなかったと思う。

あそこでジュリアだけが歌ったのは

ごく少数の歌声(演者さん)に、
少数の動き(現地P)が重なって、
それを見てるその他大勢(配信P)がいる

7thライブの再現なんだろうと思ってる。

別にこれが正解だなんてこれっぽちも思ってないし、色々な意見が出てたシーンだったことも理解してる。自分の好きな解釈に身を委ねたらいいと思う。俺は妄想垂れ流してるだけだよ。

 

ラルリラ 隣でずっと
おなじ景色を見よう
ヒトリじゃない 繋いでいるよ

『トワラー』

いつの時代だって「歌の力」は偉大。
どんな時でも有象無象をヒトツに束ね上げる力を持ってる。

明けぬ夜なんてないけど、沈まぬ太陽だってありはしない。

とかく移ろいやすい世の中だけど、歌で作り出されるライブの光景はいつだって同じ。いつだって綺麗だ。

「空を彩る星に乗ってどこまでも行けるかな」

黄昏と暁を渡る旅人。
夜を流れる一筋の指針。

それが”音楽”だと思ってるし、
『トワラー』という楽曲じゃねーかなと思う。

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