『裏表深層心理』がンッパッパッドゥワッすぎてシャバダバディアァ~~~~

ミリオン
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まえがき

少し前に『裏表深層心理』を聴いて、違和感を覚えた。

風花さんの声に聴き惚れていて気づかなかったけど、どうやらお主、歌詞ヤバめ?

豊川風花ソロ4曲目
『裏表深層心理』

タイトルの通り、その歌詞の魅力に迫ってみようと思う。

『裏表深層心理』
作詞;KOH
策・編曲:グシミヤギヒデユキ

 

夜半の月が語る

前提知識として納めていただきたいのですが、本曲は「風花さんが演じた○○」をテーマとしたソロ曲である。9thのオーコメにて末柄さん本人が仰っているので間違いないでしょう。

だから、従来のソロ曲に比べて”風花さんらしさ”がないのもある意味当然のことで、言わば「豊川風花が歌うキャラソン」。劇中歌的な入れ子構造の楽曲です。

なので本曲の考察にあたり、風花さんのパーソナリティについてはあまり考慮せず進めていきます。

そんな訳で早速、冒頭のシーンから。

好きとか嫌いがはっきりしている訳じゃない
花びらに運命託してみよう
でも理想と心情がチグハグな訳じゃない
夜半よわの月 不安を照らす

「好きとか嫌いがはっきりしている訳じゃない」のに「理想と心情がチグハグな訳じゃない」。

解釈に悩むが、これはおかしな文章だろう。

「理想と心情がチグハグな訳じゃない」というフレーズは「理想と心情が調和している」と言い換えられる。

説明が難しいので“ライブに行きたすぎるオタク”で例えてみよう。

この例え話において「理想」とは、ライブに行けること”そのもの”を指している。

お話の中にある”第一目標”であり、何としても叶えたい”至上命題”のことだ。

であれば「心情」とは、ライブに行くための”手段”を指している。

ライブのチケットはもちろん、往復の新幹線や宿泊するホテル。月曜日の有給申請も欠かせなくて、物販もコラボも回りたいから金銭の工面もしなくちゃならない。そしてモチロン、楽しむココロだって大事。

ここで言う「心情」とは決して精神的な話ではなく、理想を叶えるために必要なありとあらゆる要素。すべてを含意したものだ。

この例え話に主人公の発言を重ねるとこうなるんだ。

 

ライブに行きたいってすごく思ってます!

実際、両日のチケットもご用意されて、新幹線も早得21で予約済み!会場近くの東横インもシングル(禁煙室)で確保して、各所への根回しもバッチリ!当日はメッチャ楽しむぞー!

……だけど「行きたい」か「行きたくない」か、よく分かんない。

 

何言ってだコイツ?
とち狂っとんか?

全く以て理解不能な言動なんだけど、この主人公が宣っているのはまんまコレ。

 

主人公にとって「好きとか嫌い」は「運命」に喩えられるほどの由々しき存在感。人生懸けて導き出さねばならん大問題。

だけど熟考に熟慮を重ねて、その”答え”を見つけていて、そこに辿り着くための”手段”も万全。靴紐は結んだ、地図も用意した、道のド真ん中をスタスタと大手を振って歩いていく心の準備もOK。

……「好き」とか「嫌い」は、はっきりしないけれど。

 

どう考えてもおかしいよね、この文章。

理想が描けているのに「好きか嫌いか」なんてざっくりした方角が分かんない。そんなことはあり得ない。

好き好んで「嫌い」にひた走る奇特な人種は極々少数なのだから、あなたが口に出すべき言葉は決まってんじゃないの?

この主人公には、その一言が言い出せないだけの”謎”があるのだ。

それを提示しているのが後半に出てくる一行。

「夜半の月 不安を照らす」

今日と明日の境目である“夜半(0時前後)”と、二面性の象徴である“月”

2つの不明瞭なシンボルに象って、この謎を宙に放り投げている。

頭でも心でもない”ドコカ”から来る不安。

その出所がきっと、タイトルにもなっている「深層心理」ってやつなんだろう。

 

『好き』か「嫌い」かはっきりさせない、深層心理の意図は?

 

この疑問が本曲のスタートライン。

そして、この解消が本考察のゴールだ。

 

私は私、貴方は……

とにかく、1番サビまでは”深層心理の謎”について語られていた。主人公自身はそんな自らの性格を「優柔不断の念」と形容している。

そしてここから1番サビに突入する。

冒頭に書いた”違和感”ってのは、このパートである。

すごく脳汁の出る気づきだったから、公共の場で読まないことをおススメします。

私は私なりに 貴方は貴方
道化師のように変幻自在

僕はこの曲って「狭義のラブソング」だと思っていました。アンニュイな恋心に悩む女性が描かれているんだろうなと、漠然と思っていた。

すーじーの歌唱が良すぎるのがいけないんだ。

歌詞なんかそっちのけでひたすら声だけ聴いてたもんだから、時たま聞こえてくる上辺だけのフレーズしか拾ってこなかった。

だから引っかかったんすね、
この叙述トリックみたいな歌詞に。

私は私で、貴方は”意中の人”。

ラブソングだとしたら、こう解釈するのが自然だろう。

けどもしも、そうじゃないとしたら?

私は私で、貴方は……

このサビや直前のBメロには”個人”を描いたフレーズが並ぶ。つまり、そこには”距離”と”一線”がある。

だとしたら、

「道化師のように変幻自在」

直後の歌詞は何?

私と貴方が変幻自在であるのなら、そこに”距離”はなく”境界”も曖昧だということ。わざわざ羅列してきたフレーズと整合性が取れない。その逆もまた然り。

これは正しく”矛盾”している。

彼我を隔絶しながら、簡単に入れ替われてしまう。

そんなマジックのように都合のいい”他人”を、ここでは描いているのだ。僕はちょっと想像つかないんですよね、そういう他人って。

私は私で、貴方は……深層にいる誰かさん

このパターンを除いては。

 

すーじーの歌唱が良すぎるのがいけないんだ。

俺の脳みそは、もはやタイトルさえ覚えてられないくらいに委縮させられちまった。

『裏表深層心理』というタイトル、それ自体がサビのフレーズにピタリと重なるじゃないか。

自我にあるのは裏表。
そいつは変幻自在に姿を変える。

笑顔の裏側で泣いている道化師ハーレクインであり、理想に影差す有難迷惑であり、夜半の月のように美しく輝く二面性でもある。

本曲は「広義のラブソング」じゃないかと思う。

“恋愛要素”はたしかにあるだろうけど、それはただの舞台装置でしかなくて。

私と貴方ワタシ

描きたいのは“この2人の愛”じゃないかな。

 

1番サビ。

ここが私にとっての大きな気づきであり、楽曲としても大きな転換点となる。

今までの内容を念頭に、ここから先を読み進めてほしい。時間があるならぜひ歌詞を確認してほしい。

これから描かれる主人公は、いったい”どちら”なのかを。

 

私は私、貴方は私?

オシャレとかは流行りばっかり選んだ訳じゃない
一人きりのパジャマ 実は好き
摩訶不思議テンションで会う約束しちゃったけど
感情のピークは過ぎた

「一人きりのパジャマ 実は好き」ってのは、1番の「花びらに運命……」の対となるフレーズ。

要は「他者主導と自分主導」の対比である。

花びらごときに運命を託し、トレンドという名の情報を身に纏う。

それが”1番の私”。

対して”2番の私”はどうだろう。

これは明らかに自分ありきの価値観を謳っている。決定的なのは「実は好き」のワンフレーズ。あれだけ明言しなかったくせに、ここではすんなりと口にしている。「実は」なんて枕詞を付けているのも実に分かりやすい。

要するに“1番と2番で主人公は交替”しているのだ。「俺はお前で、お前は俺で状態」とも言います。あいみんかな?

とすると2番の歌詞ってすごく腑に落ちる。

摩訶不思議テンションで会う約束したのは私。だから感情のピークは過ぎてんです。表のピークは、裏のボトムだ。

ここで「感情」というワードを使っているのも興味深いね。

1番では内面を「心情」という言葉で表現した。それに対して2番の「感情」という言葉は表層的だ。

“深層心理の表出”として非常に分かりやすい記号に思う。

主人公自身もこの入れ替わりを実感している。

優柔不断の念と、臨機応変の念。

決して相容れない概念で、自身の性格を形容しているのだから。

 

でもねグラスについた口紅
拭いては火照る
一人きりで酔いたい夜に

この描写もすごくいい。

情景を想像させる余地に富んでいて、なおかつ冒頭に述べた”深層心理の意図”に触れている。

「感情のピークは過ぎた。けど約束はしてる。だからしゃーなし”オシャレ”決め込んだ。けど、やっぱり気が乗らない。ドタキャンかまして宅飲みしたろ」

僕はこんなシチュエーションを想像した。紅差したまま一人きりで酒飲んでるシチュエーションって、こんなとこかなーと。

正直ここは解釈分かれると思う。”逢瀬の最中”と考えても、僕は違和感ないと思う。

1番と違って「ひとりきり“で”酔いたい夜」だからね。これが効いてる。助詞力ヤバめ。

まぁ様々解釈はあると思うけど、ここで描かれていることは共通しているだろう。

「口紅拭いては火照る」

それはアルコールのせいじゃない。

メイクがはだける羞恥心と、素顔が曝け出される高揚感だ。

彼女にとって「一人きりで酔いたい夜」というのは、その極致。

もうそろそろ、冒頭の疑問に答えを出そうと思う。

 

あなたは私で、私はあなた

劇中劇を主体としたMTGシリーズ。

そこで描かれていた”Charlotte・Charlotte”のお話は、本曲の物語に近しいものがある。アイマス外だと『思い出のマーニー』なんかもそういった話だったけか?

精神的に年齢的に未成熟な人間は、時として「もう一人の自分」を顕現させる。

僕らは、ひとりでは強くなれない。

館に囚われた少女も、人間関係の構築に難のある少女も、その原則は変わらない。

だからこそ「もう一人の自分」に手を引かれ、夜の大冒険に駆け出していく。

自分ではない自分に、自らの成長を託すのだ。

(不揃い並んでいる 花びらさすって)
一枚一枚 脱がしていく
でもねAh(最後の二枚だけは残していたい)
答え知った夜に

好き…嫌い…好き…嫌い……

問答の果てに残した、二枚の花弁。

恋の駆け引きができる主人公なのだから、足し引きなんて造作も無いことよ。

最後の花びらが何を喋るか。
それくらい弁えている。

最初から「運命」なんて託しちゃいないんだ。
理想は決まっている。理由がほしいだけさ。

「好き」とは、「誰かのものでありたい」という覚悟であり「誰かをものにしたい」という決意でもある。

誰かと深く愛し合うこと。
それは「私」と「あなた」の間に線を引かないことである。

「好き」と口に出したが最後、もう後戻りはできない。

私の中に”あなた”を受け入れた時。

あなたの中に”私”が受け入れられた時。

ひとつに重ねた掌の中には、しっかりと”強さ”が握られている。

もう……”貴方わたし“は、要らないね。

 

「好き」か「嫌い」かはっきりさせない、深層心理の意図は?

 

答えは出た。

もう一人の自分に、
「さよなら」告げる勇気がないからだ。

「一人きりで酔いたい夜」とは、せめぎ合いだ。

「さよなら」言いたくない私と、「さよなら」告げたい私。

お互いの”ワガママ”をぶつけ合うキャットファイト。他人の目という”しがらみ”から解放された「深層」という名の海の底。

どちらが先に浮上するか。
どちらが先に音を上げるか。

勝者は自分、敗者も自分のデスマッチ。
これは肉体では無く、心を抓む戦い。

その決着を、夜半の月だけが眺めている。

 

そんなことを考えると、本曲の特徴にもなっている

“””スキャット”””

って、だいぶ”思想”じゃないだろうか?

最後の最後に自分を擁護するけど、僕は正しいんです。

末柄さんをして「挑戦」と明言された本曲には、言葉と呼ぶには不明瞭で、騒音ノイズと呼ぶにはあまりに美しい、長尺のスキャットパートがある。

手玉に取られそうな成熟さと、手ぶんぶん振り回してそうな”あどけなさ”を共存させて。

そこには言葉にできないアンニュイなメッセージと、言葉にできない魅力が存分に詰まっている。

試しに、いま一度9thのパフォーマンスを見ていただけないでしょうか?

その一挙手一投足に、頑張って吊り上げた眉毛に、最後の見返りに。

言葉以外の部分に、すごく意味があるように思えませんか?

花びら二枚の、か弱き花。

最後に残されたものは、ひどく不格好なビジュアルをしている。

けれどもそれは、彼女の”弱さ”でもあり”強さ”。

だれもが持っていてほしい“自尊心”の形をしている。

逢いたくて凍えそうな毎日に
言葉にできないことは無理にしないことにした

ポルノグラフィティ様も言っている。

「ツヨクヨワイ心」が浮き彫りになるのは、いつだって『ヒトリノ夜』なのだと。 

 

ひとつ場所に咲いた
「ツヨクヨワイ」ふたつの想い

 

最後の二枚を抓む夜が来ても、根っこは残ってるさ。

深い深い、深層の奥底に。

花言葉は
「永遠の愛」。

その花の名は――

 

『永遠の花』

 

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